1789年から10年間、フランス財政難によって市民が引き起こした「フランス革命」

1789年から10年間、フランス財政難によって市民が引き起こした「フランス革命」

1789年から1799年の10年間は、フランス財政難に危機感を感じたフランス国民が「フランス革命」を引き起こしました。

このフランス革命によってフランス王権をなくす方向になり、マリーアントワネットの存続が一気に危ぶまれるようになります。

1792年フランス王権が廃止される

1792年フランス王権が廃止される

フランス革命から3年の1792年、フランス王権が廃止となってしまいます。

これによってマリーアントワネットはフランスの最後の王妃となってしまいました。

1793年1月、ギロチンに掛けられたルイ16世

1793年1月、ギロチンに掛けられたルイ16世

フランス王権の廃止から1年の1793年1月、ルイ16世が処刑されてしまいます。

妻であるマリーアントワネットを残し、ギロチンに掛けられたそうです。

1793年10月、3日間行われた「マリーアントワネットの革命裁判」

1793年10月、3日間行われた「マリーアントワネットの革命裁判」

ルイ16世の死から約9ヶ月、1793年10月12日から10月15日までの3日間で「マリーアントワネットの革命裁判」が行われました。

ここではマリーアントワネットの罪を決める裁判で、マリーアントワネットの処刑は避けられないものになっていきます。

革命裁判では息子ルイ・シャルルとの近親相姦、国家反逆罪などが「でっちあげられた」

革命裁判では息子ルイ・シャルルとの近親相姦、国家反逆罪などが「でっちあげられた」

マリーアントワネット革命裁判では息子であるルイ・シャルルとの近親相姦という「でっちあげ」の罪を着せられました。

さらに他にも国家反逆罪などがあげられ、マリーアントワネットの処刑が決定します。

そして、裁判終了からわずか1日で処刑されることが決定してしまいました。

1793年10月16日、ギロチン処刑により死去(37歳没)

1793年10月16日、ギロチン処刑により死去(37歳没)

マリーアントワネットは1793年10月16日、ギロチン処刑に死去しています。

この時の年齢が37歳で若くして亡くなった方だということが分かります。

マドレーヌ寺院の裏の共同墓地に投げ込まれた遺体

マドレーヌ寺院の裏の共同墓地に投げ込まれた遺体

マリーアントワネットの死後、遺体はマドレーヌ寺院の裏の共同墓地に投げ込まれたそうです。

こちらはフランス・パリにある聖女・マドレーヌを守護聖人とするカトリック教会になります。

反逆者のレッテルが貼られていた当時のマリーアントワネットは、非常にぞんざいな扱いを受けていたことが明らかです。

1815年にサン・ドニ大聖堂に遺体が移され、墓が建てられた

1815年にサン・ドニ大聖堂に遺体が移され、墓が建てられた

しかし、マリーアントワネットの過去が見直され、1815年にはサン・ドニ大聖堂に遺体が移されています。

さらにしっかりと墓が建てられており、マリーアントワネットとルイ16世も一緒に埋葬されています。

マリーアントワネットの子供・子孫

4人の子供を生み、7人の子供を養子にしたマリーアントワネット

4人の子供を生み、7人の子供を養子にしたマリーアントワネット

マリー・テレーズ 1778年生まれ(ルイ16世の弟の長男と結婚)
ルイ・ジョセフ 1781年生まれ(7歳で死去)
ルイ・シャルル 1785年生まれ(ルイ17世、マリーアントワネットの死後、靴屋監視人に暴行を受け10歳で死去)
ソフィ 1786年生まれ(1歳になる前に死去)
7人の養子(メイドの娘、門衛の子供3人など)

マリーアントワネットは4人の子供を生み、7人の子供を養子に持ちました。

しかし、実の子供2人は早くに亡くなり、ルイ・シャルルもマリーアントワネットの死後、10歳で亡くなっています。

夫婦仲は極めて良好だった

夫婦仲は極めて良好だった

マリーアントワネットと夫であるルイ16世は極めて良好な夫婦関係だったと言います。

子供達とも仲良く過ごし、家族関係では非常に充実した日々を送ったようです。

子供達(子孫)を残して処刑台に向かったマリーアントワネット

子供達(子孫)を残して処刑台に向かったマリーアントワネット

マリーアントワネットは子供達を残し、先に天国へと召されることになってしまいます。

そんな子供達への言葉を「遺書」として残しており、マリーアントワネットの深い家族愛を感じます。

マリーアントワネットの死因・その他エピソード

ルイ14世によって建てられた豪華絢爛の「ベルサイユ宮殿」

ルイ14世によって建てられた豪華絢爛の「ベルサイユ宮殿」

マリーアントワネットの死因として、ルイ14世によって建てられた豪華絢爛の「ベルサイユ宮殿」も関係していました。

この頃の国費の散財がのちの「フランス革命」へと繋がることになってしまいます。

ルイ15世が愛人に貢ぎ物をするなどで、フランスがどんどんと財政難に陥っていった

ルイ15世が愛人に貢ぎ物をするなどで、フランスがどんどんと財政難に陥っていった

マリーアントワネットの義父であるルイ15世は愛人に貢ぎ物をするなどして、フランス国費をより散財することになっていきます。

このあたりにはすでにフランス財政難が囁かれていたようです。

高額な建設費用が暴露されたマリーアントワネットの離宮「小トリアノン」

高額な建設費用が暴露されたマリーアントワネットの離宮「小トリアノン」

マリーアントワネット自身にも原因があり、その1つに離宮「小トリアノン」がありました。

お気に入りの人物だけを入れていたこちらの離宮ですが、高額な建設費用が国民に知れ渡ってしまいました。

マリーアントワネットが高額で買ったというデマが広がった「首飾り事件」

マリーアントワネットが高額で買ったというデマが広がった「首飾り事件」

さらにマリーアントワネットを苦しめた事件として、「首飾り事件」があります。

これはルイ15世の寵妃が高額で注文した首飾りで、ルイ15世の死後、この首飾りが宙に浮くことになってしまいます。

さらにマリーアントワネットがこの首飾りを買い取らず、国民からの悪評が大きくなっていくこととなりました。

フランス財政難がマリーアントワネットが原因だとフランス国民に思われてしまう

フランス財政難がマリーアントワネットが原因だとフランス国民に思われてしまう

デマがありながらも、数々のマリーアントワネットによる怠慢によって、フランス国民からは総スカンを食らってしまいます。

そして、フランス財政難に危機感を感じた国民が立ち上がり、「フランス革命」へと発展していきます。

1791年、ルイ16世一家で国外逃亡に失敗した「ヴァレンヌ事件」

1791年、ルイ16世一家で国外逃亡に失敗した「ヴァレンヌ事件」

フランス革命の最中の1791年、危機感を持ったルイ16世一家は国内逃亡を企てました。

しかし、東部国境のヴェレンヌで捕まって失敗、この事件は「ヴァレンヌ事件」と名付けられました。

フランス国民の怒りがマリーアントワネットに集まり、処刑された

フランス国民の怒りがマリーアントワネットに集まり、処刑された

フランス国民の怒りは徐々にルイ16世とマリーアントワネットに集まっていきました。

それによってルイ16世とマリーアントワネットはギロチン処刑となり亡くなってしまいました。

フランス激動の時代に堂々と生きたマリーアントワネット

フランス激動の時代に堂々と生きたマリーアントワネット

マリーアントワネットはフランス激動の時代とされる「フランス革命」の時のフランス王妃でした。

しかし、名言からも分かるように、マリーアントワネットは自身の万全を尽くして堂々と生きたことが分かります。

マリーアントワネットの生涯や名言は今後も受け継がれることが予想されます。

マリーアントワネットについてまとめ

・オーストリアに生まれたマリーアントワネットは、フランスとの同盟強化のためにルイ皇太子(ルイ16世)と政略結婚させられた。

・ルイ15世の死後マリーアントワネットが力を持ち始めるもわがままな性格もあり宮廷内の評価を下げていった。

・フランスの財政難に危機感を感じた国民が立ち上がり「フランス革命」へと発展していき、国民の怒りを向けられたルイ16世とマリーアントワネットはギロチン処刑により亡くなった。

・マリーアントワネットは4人の子供を生み、7人の子供を養子にしており家族関係は良好だった。

マリーアントワネットの名言は数々あり、生涯に関してもとても興味深いことが分かります。子供・子孫を残して、死因はフランス国民への怒りを抑えきれずギロチン処刑となっています。数々のエピソードがある中で、堂々と生き抜いたマリーアントワネットの伝説は今後も受け継がれていきそうです。

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