ジャンヌ・ダルクのプロフィール

ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルク

本名:ジャンヌ・ダルク
出身地:フランス王国・ドンレミ
生年月日:1412年頃1月6日
没年月日:1431年5月30日(19歳没)
職業:15世紀のフランス王国の軍人、
カトリック教会における聖人
通称:オルレアンの乙女

イギリスとの「百年戦争」で危機的なフランスを救った軍人

イギリスとの「百年戦争」で危機的なフランスを救った軍人

フランスの軍人ジャンヌ・ダルクはイギリスと「百年戦争(1337年~1453年)」で勇敢に戦った人物の1人として知られています。

この戦争はフランス人口の半数が戦死し、対するイングランド人口の20~30%も戦死したと言われています。

そんなジャンヌ・ダルクはどのような人物でどんな生涯を生きた人物だったのでしょうか。

1999年に公開された映画「ジャンヌ・ダルク」

1999年に公開された映画「ジャンヌ・ダルク」

ジャンヌ・ダルクの歴史については、1999年に公開された映画「ジャンヌ・ダルク」でチェックが出来ます。

こちらはフランス・アメリカ合作の伝記映画で、女優のミラ・ジョヴォヴィッチさんが主演となっています。

ジャンヌ・ダルクの誕生から処刑までを描いている歴史映画として知られています。

ジャンヌ・ダルク (日本語吹替版) - YouTube

出典:YouTube

映画「ジャンヌ・ダルク」の予告動画

ジャンヌ・ダルクは世界史で実在したのか

世界史で実在したのかが議題となるジャンヌ・ダルク

世界史で実在したのかが議題となるジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクは世界史において、「実在したのか、そうでないのか?」という話題が挙がることがあります。

その理由としては、ジャンヌ・ダルクのイメージ画像がバラバラで素顔が定まっていないなどが考えられます。

しかし、ジャンヌ・ダルクは確実に実在したと言われており、裁判の記録なども残っているとのことです。

では、ジャンヌ・ダルクが世界史で実在したか疑われる理由は何なのでしょうか。

アニメ・ゲームキャラのイメージが強いジャンヌ・ダルク

アニメ・ゲームキャラのイメージが強いジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクが世界史で実在したかが疑われる理由の1つに、アニメ・ゲームキャラのイメージが強いことが挙げられます。

また、ジャンヌ・ダルクは女性軍人と珍しく、女性キャラが人気になりやすいアニメで注目された背景があります。

人気ビデオゲームシリーズ「fate」「アズールレーン」などで人気を呼び、日本では世界史の有名な女性キャラとして認知されています。

ジャンヌ・ダルクの肖像画は現存していない

ジャンヌ・ダルクの肖像画は現存していない

ジャンヌ・ダルクの素顔に関して、肖像画は現存していないという事実があります。

フランスでは「ミニアチュール(彩画・細密画)」や絵画で描かれています。

そのためジャンヌ・ダルクのイメージは様々なものが出ており、固定されていません。

母国フランスではジャンヌ・ダルクは実在する人物として認知されている

母国フランスではジャンヌ・ダルクは実在する人物として認知されている

母国フランスではジャンヌ・ダルクは「実在する人物」として認知されています。

これは過去の裁判記録や歴史書などで明らかで、フランスには多くの銅像などの建造物も存在します。

こちらはフランスのオルレアン市・ローマカトリック教会の「サン・クロワ大聖堂」にある銅像になります。

オルレアンの地を守ったとされるジャンヌ・ダルクはフランスでは英雄視されています。

1920年にカトリック教会にて「聖女」として正式に認定された

1920年にカトリック教会にて「聖女」として正式に認定された

ジャンヌ・ダルクは1920年にカトリック教会で「聖女」として正式に認定されています。

聖女は「神聖な事績を成し遂げた女性」を意味する言葉で、カトリックでは1つの称号とされています。

ジャンヌ・ダルクが死去したのは「1431年5月30日」でしたが、長い歳月を経ての聖女認定となっています。

女性らしい服装を着ていたという説も出ているジャンヌ・ダルク

女性らしい服装を着ていたという説も出ているジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクは鎧を着ているイメージが強いですが、それはあくまでもイメージのようです。

実際は服装はもっと女性らしいものを着ていたという説も出ています。

しかし、戦時中は男性らしい鎧を着ていたという話もあり、ジャンヌ・ダルクのイメージは膨らむばかりです。

しかしながら、ジャンヌ・ダルクは美しい女性、力強い女性という評価は変わらないようです。

ジャンヌ・ダルクの年齢で見る生い立ち・生涯

1412年頃にフランス東部ドンレミ・グリュ村で生まれる

1412年頃にフランス東部ドンレミ・グリュ村で生まれる

ジャンヌ・ダルクは1412年頃にフランス東部ドンレミ・グリュ村で生まれました。

人口200人ほどの小さな町で生まれ、子供時代は農家の女の子として普通に暮らしていました。

12歳の頃に「戦争に参加してイングランド軍と戦い、王太子シャルルを王にしなさい」という神のお告げを聞く

12歳の頃に「戦争に参加してイングランド軍と戦い、王太子シャルルを王にしなさい」という神のお告げを聞く

ジャンヌ・ダルクは12歳の頃に神のお告げを聞いたという話は有名で、伝説的な話になっています。

当時、ドンレミ村はイングランド軍に襲撃されて、悲しみと恐怖に苛まれていました。

そんな時に「戦争に参加してイングランド軍と戦い、王太子シャルルを王にしなさい」という神のお告げを受けました。

とても小さな村に住む12歳の少女へのお告げとは思えませんが、ジャンヌ・ダルクはその神のお告げに従い行動することになります。

16歳の頃に生まれの地・ドンレミ村を出た

16歳の頃に生まれの地・ドンレミ村を出た

ジャンヌ・ダルクは16歳の頃、生まれ育ったドンレミ村を出ることになります。

これも神のお告げに従ったものであり、ジャンヌ・ダルクは王太子シャルルに会うことをまずは目指しました。

ジャンヌ・ダルクはまずは叔父のデュランの家を目指して村を出ることとなります。

叔父のデュランと共に王太子シャルルのいるヴォークルールの町へと向かった

叔父のデュランと共に王太子シャルルのいるヴォークルールの町へと向かった

ジャンヌ・ダルクは親戚(叔父)のデュランと共に、王太子シャルルのいるシノン城に向かうために、まずはヴォークルールの町へと向かいます。

叔父のデュランはドンレミ村とヴォークルールの町の中間に位置する「ビュレイ村」に住む農民です。

当時は30歳前半だったと言われており、ジャンヌ・ダルクから「ヴォークルールの城主ロベール・ド・ボードリクールに会いたい」と頼まれたそうです。

守備隊長のボードリクール伯より、王太子シャルルへ謁見(えっけん)する許可を得る

守備隊長のボードリクール伯より、王太子シャルルへ謁見(えっけん)する許可を得る

ジャンヌ・ダルクは守備隊長であるボードリクール伯に対して、王太子シャルルに1度お目にかかる許可を得ようとします。

しかし、いち村娘にすぎないジャンヌ・ダルクの話をボードリクール伯は聞き入れませんでした。

ただ、ここで諦めなかったジャンヌ・ダルク、再度ボードリクール伯と面談して「ニシンの戦いでフランス軍は敗北する」という予言をしました。

その予言が見事に当たったことから、ボードリクール伯は王太子シャルルへ謁見する許可を出しました。

王太子シャルル(シャルル7世)による身辺調査の後、フランス軍に加わることを許可される

王太子シャルル(シャルル7世)による身辺調査の後、フランス軍に加わることを許可される

ジャンヌ・ダルクは王太子シャルル(シャルル7世)に会うことに成功し、そこで自身が受けた「神のお告げ」について語ります。

そして、「私ならばフランスを救うことが出来ます」とシャルル7世に伝えますが、シャルル7世は「彼女は異端者ではないか?」と疑いの念を抱きました。

シャルル7世は神学者たちにジャンヌ・ダルクの身辺調査をさせますが、ジャンヌ・ダルクが異端者でないことを確認します。

するとシャルル7世はジャンヌ・ダルクがフランス軍に加わることを許可しました。

1429年(17歳頃)、ジャンヌ・ダルク出現時のフランスの勢力図(下)

1429年(17歳頃)、ジャンヌ・ダルク出現時のフランスの勢力図(下)

当時のフランスはイギリス(イングランド)との百年戦争の真っ只中でした。

ジャンヌ・ダルク出現時の1429年頃のフランスですが、パリなどの都市部をブルゴーニュ公に支配されていました。

当時のジャンヌ・ダルクの年齢は17歳頃、非常に若かったことが分かっています。

ジャンヌ・ダルクが加わったフランス軍は次々にイングランド軍を落とし、オルレアン開放に成功

ジャンヌ・ダルクが加わったフランス軍は次々にイングランド軍を落とし、オルレアン開放に成功

ジャンヌ・ダルクが加わったフランス軍ですが、次々にイングランド軍を落としていきました。

フランス中北部のオルレアンでは「オルレアン包囲戦」により、フランスは危機的な状況にありました。

このオルレアンが落ちていたら、百年戦争の勝者はイングランドだったと分析されているほどです。

しかし、ジャンヌ・ダルクが先頭に立ってフランス軍を鼓舞し、オルレアン包囲戦で指揮を取ってフランス軍が勝利します。

ジャンヌ・ダルクも深手を負った戦いでしたが、オルレアン解放はジャンヌ・ダルクがフランス軍に加わってわずか9日間のことでした。

出典:YouTube

ジャンヌ・ダルクのオルレアン解放に関する動画

勢いのついたフランス軍は奪われていた領土を取り返していき、ランスに到達

勢いのついたフランス軍は奪われていた領土を取り返していき、ランスに到達

ジャンヌ・ダルク率いる勢いのついたフランス軍ですが、奪われていた領土をどんどん取り返していきます。

そして、都市ランスに到達し、勢いに乗ったフランス軍はランスの奪還にも成功しました。

ランスはフランス王が載冠式(即位後初めて王冠を頭にのせる式)を行った場所でもあります。

ジャンヌ・ダルクの指揮のもとに、フランス軍はかなりの領土を取り戻すことに成功しました。

1429年7月17日のランスにて、シャルル7世の戴冠式が執り行われる

1429年7月17日のランスにて、シャルル7世の戴冠式が執り行われる

ランスを奪還することに成功した後の1429年7月17日、シャルル7世の戴冠式が執り行われました。

これはジャンヌ・ダルクが聞いた神のお告げの通りであり、シャルル7世はそれに従った形となります。

これによりジャンヌ・ダルクが神から受けた「戦争に参加してイングランド軍と戦い、王太子シャルルを王にしなさい」というお告げを達成したことが分かります。

ジャンヌ・ダルクの一族は「貴族」として迎え入れられる

ジャンヌ・ダルクの一族は「貴族」として迎え入れられる

ジャンヌ・ダルクはオルレアンの解放に成功し、シャルル7世の戴冠式などに大きく貢献しました。

その功績が認められた後、ジャンヌ・ダルクの一族は「貴族」として迎え入れられます。

この頃にはジャンヌ・ダルクの噂はフランス国民に広がり、「フランスを守る聖女」などと呼ばれるようになりました。

1930年(18歳頃)のコンピエーニュ包囲戦で捕縛されたジャンヌ・ダルク

1930年(18歳頃)のコンピエーニュ包囲戦で捕縛されたジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクは1930年コンピエーニュ包囲戦に参戦しますが、ブルゴーニュ公国軍に捕らえられてしまいます。

当時のヨーロッパでは「魔女」「悪魔」が恐れられており、女性であるジャンヌ・ダルクも疑いの目を持たれていました。

ジャンヌ・ダルクは「神の声を聞いた」という話をして、ついには異端者扱いされて捕らえられてしまいます。

この時にシャルル7世はブルゴーニュ公に特使を送りますが、交渉は上手くはいきませんでした。

1431年1月9日(19歳頃)にイギリス占領統治府があるルーアンにて、ジャンヌ・ダルクの異端審問裁判が開始

1431年1月9日(19歳頃)にイギリス占領統治府があるルーアンにて、ジャンヌ・ダルクの異端審問裁判が開始

1431年1月9日にイギリス占領統治府があるルーアンにて、ジャンヌ・ダルクの異端審問裁判が開始されます。

異端審問はカトリック教会における「正統信仰に反する教えを持つ者(異端者)の疑いに対する裁判」でした。

ジャンヌ・ダルクは神のお告げを聞いたという話から、それを理由に異端者という疑いを掛けられてしまいます。

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