
アベベ・ビキラの死因!出身地・マラソンでの金メダルや事故も総まとめ
『走る哲人』とも呼ばれマラソンで金メダルを獲得したアベベ・ビキラさんですが、41歳という若さで亡くなっています。今回は、アベベ・ビキラさんの出身や生い立ち、マラソンで金メダルを獲得するなどした経歴や事故、そして晩年や死因についてまとめました。
母国で車を運転中に単独事故を起こしたのは1969年3月だった。重傷を負い、下半身の自由がきかなくなって、ここからは車いすの生活となった。それでもスポーツを愛する気持ちは変わらなかったようだ。パラリンピック発祥の地として知られる英国・ストークマンデビル病院で治療を受けたことから、同病院で開かれていた国際ストークマンデビル競技大会にはアーチェリー、卓球などで2度出場している。ノルウェーで開かれた障害者の競技会では犬ぞりレースにも出て好成績をおさめた。
アベベ・ビキラの晩年と死因
晩年は身体が不自由ながらもスポーツに関わっていた
アベベ・ビキラは晩年のインタビューで東京五輪を「最高のレース」だと語っていた。「沿道の人々は私を自国民のように応援してくれた。」1980代のエチオピアの名ランナー、アベベ・メコネンも「日本人は私の名前からアベベ・ビキラを思い出すんですね。東京のレースはいつも全力です。」と語っていた。
— かんちゃん@マラソン・マン (@kanchan42195) 2019年1月23日
1973年10月、死去
本日10月25日は、マラソン選手の #アベベ・ビキラ さんの命日です。 1932-1973 享年41才。エチオピア出身。アフリカ出身の黒人選手として初のオリンピック金メダル獲得。オリンピック連覇という記録を残しました。https://t.co/aF3rDYCpgZ #命日 #故人 #追悼 #マラソン #アベベ #エチオピア #東京五輪 pic.twitter.com/1vcR5zrD0w
— みき⭐️ (@digimem2020) 2019年10月24日
アベベ・ビキラの死因は?
まとめ
いかがでしたでしょうか。
この記事では、アベベ・ビキラさんの出身や生い立ち、マラソンで金メダルを獲得するなどした経歴や事故、そして晩年や死因についてまとめました。
エチオピアの小さな村で育ったアベベ・ビキラさんは、標高が高い土地で毎日裸足で走り回ったことから身体能力が培われ、親衛隊時代にその素質が見いだされ、マラソン選手となったのです。
そしてローマオリンピックで金メダルを獲得したアベベ・ビキラさんは、4年後の東京オリンピックで2連覇を成し遂げ、マラソン競技に新たな時代を築いたのです。
しかし1969年に自動車事故で下半身不随となったアベベ・ビキラさんは、その後もスポーツに積極的に携わるも、1973年に脳出血により死去しています。
そんなアベベ・ビキラさんは短い人生でしたが、彼が残した功績は現在もなお輝き続けているのです。
こうして車椅子になったアベベ・ビキラさんは、身体が不自由ながらも生涯スポーツに関わり続けようとしており、1972年のミュンヘンオリンピックでは、組織委員会から過去の著名な金メダリストの一人として招待を受けると車椅子で開会式にゲスト出演し、競技も観覧したのです。