
リジー・ボーデン事件の真相とその後!自宅・死因・映画作品まとめ
今なお“世界3大未解決事件”の一つに数えられている、19世紀末期のアメリカで起きた猟奇的殺人事件「リジー・ボーデン事件」。
今回、そんなリジー・ボーデン事件の概要や真相、その後や死因、事件現場となった自宅の現在、さらにこの事件をインスパイアして制作された映画についてまとめました。
アンドリューの最初の妻、つまりリジー・ボーデンの母親が亡くなった後、アンドリューがすぐにアビーと再婚したこともあり、以来、この家では争いが絶えなかったと言います。
実際、リジーの姉・エマはアビーを軽視して「ボーデン夫人」と呼んでおり、自宅の上階は前半分が姉妹の生活エリア、後ろ半分が夫妻の生活エリアと分けられており、姉妹は食事すら夫妻と一緒にとることはなかったと言います。
そんな姉妹に対して、実父であるアンドリューは、後妻であるアビーに自分の全て財産を相続させることを決定していたとも言われており、アンドリューの多額の財産の配分についても確執があったようです。
リジー・ボーデンにとっては叔父であるジョン・モースが、その週に自宅を訪れていたのも、姉妹が避暑用として使用していた別荘を含む、農場の相続について相談するためだったようです。
以上のように、遺族それぞれにアンドリュー夫妻を殺害するだけの強い動機があったにも関わらず、やがて捜査の目はリジー・ボーデンに集中することになるんですよね。
次に、捜査段階で次々と浮上した“リジー・ボーデン犯人説”の根拠となった、主な状況証拠について見ていくことにしましょう。
リジー・ボーデン犯人説の根拠① 事件直前に予定を変更し避暑地から帰宅
事件前にエマとリジー姉妹は、長い休暇をとって自宅を離れ、ニューベットフォードの避暑地へ向かったのですが、何故かリジー・ボーデンだけが、夏の暑い盛りに休暇を取りやめて自宅に帰宅しています。
リジー・ボーデンはなぜ予定をキャンセルして、帰宅を早めたのでしょうか?
ちなみに姉妹がその時期に別荘へ向かったのは、避暑のためだけではなく、その少し前に叔父・ジョン・モースとアンドリューの間で、相続に関して激しい口論があったためとも言われています。
リジー・ボーデン犯人説の根拠② 近所の薬局で青酸を購入しようとしていた
実は事件前、リジー・ボーデンは近所の薬局で、シアン化水素(青酸)を購入しようとして断られていることが判明しています。
逮捕後の事情聴取の中でも、当然このことについて訪ねられたリジー・ボーデンは、「アザラシの毛皮のコートを洗浄するため」と答えたそうです。
また、先ほども少し触れましたが、事件の少し前にボーデン家ではメイドのサリバンも含めて、家族全員が体調が悪くなるという事件が起きていました。
時期が時期だっただけに、かかりつけの医師は食中毒と判断したようですが、アンドリューの妻・アビーは「毒を盛られたのではないか」と恐れていたと言います。
リジー・ボーデン犯人説の根拠③ リジー・ボーデンの証言が二転三転
さらにリジー・ボーデンの証言に一貫性がなかったことも、彼女の疑いの目が向いた大きな要因になっていたようです。
例えば、事件が起きたとされる時間にどこで何をしていたのかを問われたリジーは、当初「納屋にいた」と主張するも、埃のあとなどからその矛盾点を指摘されると、「キッチンで雑誌を読んでいた」「ダイニングルームでアイロンをかけていた」と、主張をコロコロと変えたと言います。
これらの根拠から警察はリジー・ボーデンを被疑者として、殺人罪で起訴しています。
リジー・ボーデン事件のその後① 裁判で無罪判決を受ける
地下室で発見された凶器の斧や血痕にまつわる謎が無罪を後押し
警察が犯行現場となった自宅を捜査したところ、地下室から凶器に使ったとみられる斧が発見されました。
但し、この斧は血液などが付着しておらず、ぬぐうなどして綺麗にされていました。また、柄の大部分が失われており、検察は返り血を浴びてしまったことから、犯人が意図的に追ったと主張しました。
これに対して、この事件の検視をした専門家は、犯人がアンドリューとアビーを殺害後に斧を綺麗にしたり、柄を折ったりして証拠隠滅を図る時間は全くなかったはずだと証言するんですよね。
また、殺人事件が起きた数日後に、リジー・ボーデンが自分の青いドレスを引き裂いて、台所のストーブで燃やしていたという事実が発覚するのですが…。
これについてリジーは、ペンキ塗り立ての場所で、ドレスにペンキをつけて汚れてしまったので処分したと苦しい主張を展開しています。
このようにリジー・ボーデンの証言には怪しい部分がたくさんあり、数々の状況証拠も揃っていたのですが、確定的な物証がなかったこと、さらに前述した凶器の血痕にまつわる疑問が解消できなかったことから、陪審は1時間半の議論の末、リジー・ボーデンに無罪判決を言い渡しています。
なお、陪審ではリジー・ボーデンが事件前に青酸を購入しようとしていたとの証言は、判決に当たっては排除されたと言います…。
陪審が全員男性であったことから、彼らの中に「地元の名士の娘による殺人など起きるはずがない」との思い込みがあったとも言われています。
リジー・ボーデン事件のその後② リジー・ボーデンの自宅のその後
リジー・ボーデン事件の現場となった自宅は、繊維工業の中心地として栄えたマサチューセッツ州フォールリバーの3番街にありました。
裁判では無罪となったリジー・ボーデンでしたが、無罪が証明されたわけではなく、“疑わしきは罰せず”的に勝ちとった無罪判決だったため、その後は周囲から村八分状態となり、町から追い出される結果となりました。