全ての乗員・乗客の解放ができなければ自分が乗客の身代わりになる

全ての乗員・乗客の解放ができなければ自分が乗客の身代わりになる

その後犯人側は、30分後に同志を引き渡さなければ、人質を処刑すると要求します。その状況に石井氏はマムード司令官に「直接、犯人と話させてくれ」と頼み、「全ての乗員・乗客の解放ができなければ自分が乗客の身代わりになる」と伝えました。

これに対して犯人側は「日本政府高官の豚が約束を破った!」と言い放ち、「仲間6人を乗せた政府機に行って、同志と身代金をすぐに持ってくる証拠を見せろ」と迫り、石井氏はその要求を承諾。

石井氏や回りの救助チームも、これで終結すると思っていたのですが、事態は思うように進みませんでした。

釈放された同志1人に対して乗客10人ずつ

釈放された同志1人に対して乗客10人ずつ

まず、人質141人のうち60人と引き換えに身代金の600万ドルと釈放された同志6人を引き渡すこととなります。この交渉は1回で終わるのではなく、釈放された同志1人に対して乗客10人ずつを交互に解放するという形で、身代金の600万ドルも200万ドルずつに分けて渡していったのです。

そのため、交渉は思いもよらず難航してしまいます。ここで解決できると思っていたものが、長期化してしまうという事態に。

人質家族もテレビを食い入るように見る

人質家族もテレビを食い入るように見る

現地での様子は衛星中継で日本にいる人質家族にも伝えられていたのです。

日本では人質となった乗客の家族が、息をのんでニュースを見守っています。政府の対策本部長である園田官房長官も、食い入るようにテレビ画面を見つめています。

ここでもう一つ衝撃の事態が発生しました。現地ダッカでハイジャック犯の身代金を目的としたクーデターが起き、バングラデシュ政府が飛行機の離陸命令を発令。

クーデター騒ぎで離陸命令

クーデター騒ぎで離陸命令

クーデター騒ぎで事態は急変、身代金16億円余と爆薬や600万ドルを積んだハイジャック機が、万が一反乱軍から奪われるようなことがあれば、バングラデシュ政府は国際的な人質を取った反乱軍に対処しなければならなくなり、かなり深刻な立場に立たされることは明らかでした。

そのためバングラデシュ大統領は「すぐに離陸せよ」 という異例の命令を出したものと思われます。

アルジェリアが受け入れを承諾

アルジェリアが受け入れを承諾

2日未明、ここまで長時間、人質の解放をしてきて、交代の乗員も搭乗し、機内にはまだ36人が取り残されていました。さらに、受け入れ先の国も決まっておらず、離陸したとしてもどこに向かったら良いのかさえわかりませんでした。

その後、日本政府はあわてて受け入れ先を探すことになります。そして、アルジェリアが、条件付きで受け入れを検討。マムード空軍司令官は、残された人質乗客の安全を考慮し、受け入れ先がアルジェリアであることを、あえて犯人側に知らせていたということ。

計92人の解放された人質が無事帰国

計92人の解放された人質が無事帰国

ここまで、先に解放されていた病気の人質11人を含め、71人が解放されました。さらに、機体の整備などをしている段階で、犯人側から新たに人質21人が解放されます。

その後、解放された92人と副団長の道正邦彦官房副長官が帰国。

クウェートで7人ダマスカスで10人を解放

クウェートで7人ダマスカスで10人を解放

整備を終えた日航機は、アルジェリアに向けて飛び立ちますが、犯人はクウェートに行けと要求。クウェート政府は乗客の安全を考慮し、物資の補給と給油だけという条件を付けて承諾しました。

石井団長らはダッカ空港から人質36人を乗せた日航機を追いかけました。そして、犯人は途中の立ち寄り先のクウェートで7人を、シリアのダマスカスで10人の人質を解放。

アルジェリアで残りの人質19人全員が解放

アルジェリアで残りの人質19人全員が解放

3日午後1時に、アルジェリアのアルジェ・ウアーリ・ブメディエーヌ国際空港で、残りの人質19人全員が解放されました。

最終的に人質になった最後の19人と、石井団長たちを乗せた特別機が羽田空港に着いたのは、事件発生から8日目の10月5日のことでした。

5人の犯人と釈放された6人がどこに逃走したのかは、その時点で掴めませんでしたが、警察の懸命の捜索で実行犯5人のうち3人を逮捕し、釈放された6人のうちの3人も逮捕されたということ。

後日談:石井一団長(運輸政務次官)の 緊迫の交渉

ダッカ日航機ハイジャック事件の交渉役として尽力

ダッカ日航機ハイジャック事件の交渉役として尽力

2022年6月4日未明、87歳で亡くなられた石井一元衆議院議員は、ハイジャック事件当時43歳の運輸政務次官で、政府の派遣団長として現地に赴き、犯人との交渉役として乗客の救出に尽力していました。

その時の緊迫した交渉の様子を以下のように語っていました。

人命尊重が貫かれうれしかった

人命尊重が貫かれうれしかった

ダッカ日航機ハイジャック事件で、重大なミッションを行うにあたって、特に政府が強調していたのが人命尊重でした。

そのような基本的方針が貫かれ、全員無事で帰ってくることができたことを、大変うれしく思っています。

本来であれば、シャージャラル国際空港での全面解決を望んでいて、そのために最大限の努力をしてきた訳でしたが、ハイジャック犯側は「乗客の安全は完全に守る。しかし、航行の安全のために貸してくれ」と主張してきたということでした。

あの状態の中で、犯人の主張を受け入れなければ、人質の命に危険が及ぶという厳しい状況だったのです。

こういった特殊な犯罪の場合、人命の安全を最優先することが自分に課された任務だったし、これ以外に方法はなかったと今でも確信しております。

と厳しい判断を余儀なくされた状況を語って下さいました。

ダッカ日航機ハイジャック事件の人質は緊迫の134時間をどう乗り切った?

人質事件は、狭い空間に犯人と被害者が向き合って繰り広げられる、過酷な恐怖の時間でもあります。ダッカ日航機ハイジャック事件の場合は、134時間という長い時間の中、恐怖という心境に加え、エアコンが作動しない50度近くの暑さの中で、体調との戦いも強いられる大変辛い環境下に置かれました。

そこで最後まで人質になっていた、当時研修医の穂苅正臣(ほかり まさおみ)医師が、その緊迫した時間をどう乗り切ったのか、記者のインタビューに答えてくれました。その内容を紹介していきます。

穂苅正臣医師のプロフィール

生年月日:1934年(昭和9年)
出生地:新潟県糸魚川
学歴:昭和29年慈恵会医科大学入学
職歴:慈恵医大内科、日本航空の勤務医(昭和48年から)、三菱養和会スポーツクラブ勤務、アムス丸の内パレスビルクリニック院長(平成25年から平成30年まで)、友人の病院で週一回診察勤務

血液サンプルの採取をして日本に帰国するところだった

血液サンプルの採取をして日本に帰国するところだった

ダッカ日航機ハイジャック事件当時、穂苅医師はカイロ在住の日本人の間で肝炎が流行り、その血液サンプルを採取するために出向していて、日本に帰るところだったそうです。

カイロから飛行機に乗り、ピラミッドを眺めたり本を読んだりしながらあっという間にパキスタンのカラチに到着。

その後、ボンベイ、バンコク、東京という経路で日本に向かうはずでした。

離陸後5分ほどで機内を乗っ取られる

離陸後5分ほどで機内を乗っ取られる

カラチでは搭乗員やパイロット全員が入れ替わって、穂苅医師の隣には澤田機長が次のフライトの待機で搭乗。乗客は200人ほどが降り、新たに200人あまりの乗客が乗り込んできました。

その時点では特に不審な点はなく、飛行機も通常通り離陸。その5分後ぐらいに叫び声と駆け足が聞こえ、2~3人の若者が走っていく姿が見えたそうです。

操縦席の鍵を出すよう要求される

操縦席の鍵を出すよう要求される

客室乗務員が騒ぎを抑えようと席を立ったところを、拳銃を所持した4人の男に囲まれ、そのうちの1人が客室乗務員の胸に銃を突きつけました。

その男は、操縦席の鍵を出すよう要求し、渡さないと乗客を殺すと脅したということ。

穗苅医師は最初「ついてないな」ぐらいにしか感じなかったそうです。こういった事件に巻き込まれるということを想像したことがなかったという穗苅医師。

穗苅医師は急に恐怖心が沸き上がり体中が震えてきた

穗苅医師は急に恐怖心が沸き上がり体中が震えてきた

その後、両手を挙げて目を閉じるよう指示され、従わない者は拳銃で殴られ、穗苅医師も本を読もうとしましたが、見つかって殴られてしまったそうです。

時間が経つにつれ、恐怖が湧き上がってきて体中が震えてきました。犯人は5人で、拳銃と手榴弾を持った者や斧を持った者など、周りの状況がようやく呑み込めたのです。

「自分は死ぬんだ」と意識し始める

「自分は死ぬんだ」と意識し始める

その状況はとても重苦しく、心が押し潰されそうになり、家族や友人、職場の同僚など、目まぐるしく思い浮かんだということでした。さらに、「自分は死ぬんだ」ということを意識し始めます。その後、犯人がアナウンスを行い、赤軍派だと知らせました。

数時間後、ジア国際空港(現在のシャージャラル国際空港)に着陸。飛行機がエンジンを切ると共に、エアコンが作動しなくなり、機内の温度は急激に上がります。

エアコンが停止し機内が45度以上に

エアコンが停止し機内が45度以上に

汗が噴き出してきて体中がびしょ濡れ状態になり、喉が焼けつくような感覚も覚えたそうです。穂苅医師は、その時の機内の温度は45度ほどだったと記憶していたということ。

乗客たちの反応は様々で、パニックになって大声を出す人や赤ちゃんが泣きだすなど、機内は騒然となっていました。中には「こんなに苦しめないで拳銃で撃って殺してくれ」などと言い出す乗客も。

外国人客が穂苅医師の横で倒れる

外国人客が穂苅医師の横で倒れる

客室乗務員たちは犯人の指示で、乗客に水を配り始めます。すると、後部座席に座っていた外国人の方が、前の方にふらつきながら歩いてきて、穂苅医師の横でばったりと倒れてしまいました。

その出来事に、さすがの犯人も驚いて声をかけますが、意識不明の状態で反応がありませんでした。すると犯人は「お医者さんはいませんか」と大声で叫び始めたのです。

具合が悪くなった人の治療が恐怖心を消した

具合が悪くなった人の治療が恐怖心を消した

そのとき穂苅医師は無意識に立ち上がったということ。私は医者です、と言った言葉で、自分が自由になったように感じたそうです。

それまでは、ただの人質ということから恐怖で頭がいっぱいになっていたのですが、自分は医者であると思い出させてくれて、犯人に対する恐怖が消えていくのを感じたそうです。

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