
ジェフリー・ダーマーの生い立ちと家族!父親や兄・事件詳細と関連映画も総まとめ
ジェフリー・ダーマーとは、1978年から1991年にかけて青少年17人を殺害し、屍姦や死体切断をした上にその肉を食すと言った異常な事件を起こした犯人です。ジェフリー・ダーマーの生い立ちや父親・母親・兄弟と美形から犯人と疑われなかった点、関連した映画などについてまとめています。
1980年代に4人の殺害
1990年に4人の殺害
1991年は8人の殺害を

12人目:1991年5月24日 13人目:1991年5月
12人目は31歳の聾唖者が犠牲になり、13人目は1988年9月25日にジェフリー・ダーマーに襲われて、危うく難を逃れたラオス人少年ケイソン・シンサソンフォンの弟であるコネラク少年でした。少年はジェフリーがビールを買いに行っていた好きに逃げ出していました。
しかし、ロボトミー手術を受けたせいか、上手く歩けず全裸のままアパートのそばで倒れてしまいます。駆け付けた警官は、ジェフリーの恋人同士の痴話喧嘩という言葉を信じてしまい、何もせずに帰り犠牲になりました。
同年6月30日に14人目の被害者である23歳の黒人青年マット・ターナーが犠牲に。この頃から犯行は加速の一途を辿ります。
「ジェフリー・ダーマー」。ヒッチハイカーの青年を殺害しナイフで腹部を切り裂いて内臓を床に広げその上を転がって射精したことを手始めに、青少年の殺人を重ね、記念に頭蓋骨を保存し、食人行為にも及びました。最期は刑務所で囚人に撲殺されました。書肆ゲンシシャでは犯罪の写真集を扱っています。 pic.twitter.com/cnJxrQPnMm
— 書肆ゲンシシャ/幻視者の集い (@Book_Genshisha) 2019年9月6日
ジェフリー・ダーマーが美形ゆえの落とし穴

ジェフリーの美形に騙され犯罪をミスミス逃がしてしまった
ジェフリー・ダーマーのような人間が街を歩いていても、誰も異常な人格を持った人間などとは思いもつかないでしょう。それは、彼の顔が美形であるということ。
1991年5月に殺害されたラオスの少年コネラク・シンサソンフォンのケースを見てみると、全裸で路上にへたり込んでいた少年を見つけた警官3人が、ジェフリーの一言で返してしまったという事実です。
もしジェフリーがこのような美形ではなく、醜い容貌だったならばどうでしょう。おそらく警官たちは犯罪を疑ったはずではないでしょうか。
更にゲイ同士の喧嘩だと判断した警官たちは、後にこの出来事をジョークのネタにしていたのです。テープレコーダーのスイッチが入っていたため、全ての会話が録音されており外部に流出。ラジオやテレビで放送され、ミルウォーキー警察は非難を浴びることになってしまいました。
コネラク・シンサソンフォン少年の事件では、関わった3人の警官に対して職務怠慢で懲戒免職処分が発表されました。しかし、市民の警官に対する怒りが収まらず、世論から激しく非難されることとなりました。
被害者の多数が有色人種であったことから、ミルウォーキーの人種間闘争に火をつける結果となっています。ジェフリー・ダーマーの事件では、暴動が起きることを懸念されましたが、公民権活動家でバプテイストの牧師であるジェシー・ジャクソンの働きかけで回避されました。
ジェフリー・ダーマーに関連した映画を紹介
実在した殺人鬼ジェフリーダーマー。
— ジブリール@映画垢 (@cinematenrou) 2019年11月13日
終始不穏な空気…そして不穏のまま終わる。もやもや。
食用と言う割にはカニバリズム表現はなく…( ´・ω・`)チッ
若いジェレミーレナーが可愛いのでそれだけは見る価値があります。#ジェフリーダーマー#映画感想#映画好きと繋がりたい pic.twitter.com/SFZcRRDQlP
#MyFriendDahmer 映画マイ・フレンド・ダーマーの公式トレイラーが公開されました!11月3日より順次全米各地の映画館で公開!#MyFriendDahmerが観たい #洋画 #ジェフリーダーマー #ロス・リンチhttps://t.co/FPxM6p2i3j
— ああるふぁいぶtde.jp (@arerue_fiboo) 2017年10月9日
ジェフリー・ダーマーの生い立ちや事件詳細と映画【まとめ】
・ジェフリー・ダーマーは、1978年から1991年にかけてオハイオ州や地元ウィスコンシン州で青少年たちを殺害し、屍姦、死体切断、食人行為を行った。
・ジェフリー・ダーマーは仕事を理由に家庭を顧みない父親と、精神状態が不安定な母親の元に生まれ、8歳から隣人に性的虐待を受けていた。
・ジェフリー・ダーマーは学生時代は物静かな性格で、小動物を強酸で溶かして骨を取り出すことに夢中になっていたといい、IQは高いが問題行動ばかり起こしていた。
・ジェフリー・ダーマーは高校卒業を目前にした頃両親が離婚し、孤独感や様々な苦悩から殺人の意識が芽生え、1978年に1人目の殺人を犯している。
・ジェフリー・ダーマーは1987年に2人目の殺人を行い、1991年に発覚するまでに計17人の殺人を犯した。
ジェフリー・ダーマーの生い立ちと事件詳細をまとめてきました。ジェフリーは終身刑となりコロンビア連邦刑務所に収監されましたが、シャワールームで、黒人受刑者のクリストファー・J・スカーヴァーに撲殺され、1994年11月28日に亡くなりました。
父親は「A Father’s Story」を出版、収益金の一部を被害者遺族に慰謝料として支払っています。母親はジェフリーの裁判から数年後に亡くなりました。両親は息子であるジェフリーを事件発覚後も愛していると語っていたそうです。
ゲイバーで見習いコックの24歳の白人スティーヴン・トゥオミとホテルに泊まり、翌朝スティーヴンが口から血を流して死んでいるのを発見するが、記憶にないとのことでした。遺体を祖母の家に持ち帰り、地下室で解体してゴミ集積所に出しています。