ボブ・マーリーのプロフィール

ボブ・マーリーのプロフィール

ボブ・マーリーのプロフィール

名前:ロバート・ネスタ・マーリー
生年月日:1945年2月6日
出身地:ジャマイカ
職業:シンガーソングライター、ミュージシャン

ボブ・マーリーは世界的なシンガーソングライター

ボブ・マーリーは世界的なシンガーソングライター

ボブ・マーリーは1960年代から1980年代にかけて活躍した世界的シンガーソングライター。彼はジャマイカ出身の歌手で、レゲエミュージックの先駆者として人気を集めました。

また、彼の存在からジャマイカの文化や音楽が知られるようになり、その象徴的な存在としても知られています。

Bob marley ”no woman no cry” 1979

出典:YouTube

複雑な家庭環境に育った

複雑な家庭環境に育った

ボブ・マーリーは61歳の白人の父親と16歳のアフリカ系ジャマイカ人の母親との間に生まれ、ほどなくして両親は離婚。一時は母親と暮らしていましたが、その後は父親によって引き取られるもすぐに友人宅に預けられます。

彼の行方を心配した母親はボブ・マーリーを見つけ出し、以降は母親と一緒で生活を送りました。ちなみに父親は早くに亡くなっています。

早くから歌手に憧れていた

早くから歌手に憧れていた

ボブ・マーリーは10代の頃からR&Bやスカといった音楽を聴くようになり、このときはのちのレゲエミュージシャンであるバニー・ウェイラーも一緒に音楽を楽しんでいたのだそうです。

ちなみに当時は読書にもハマっていたようで、とくに聖書に親しんでいたのだそうです。

仕事でのケガから歌手を目指した

仕事でのケガから歌手を目指した

ボブ・マーリーは学校を卒業したあとは一時溶接工の職に就いていましたが、このときは目をケガしてしまい、これにより憧れだった歌手を目指すように。

当時はすでにタレント・ショーに出演して人前で歌も披露していて、無料の音楽教室に通いながら歌手を目指すようになりました。

歌手活動をはじめてすぐに大ブレイクを果たした

歌手活動をはじめてすぐに大ブレイクを果たした

ボブ・マーリーは1962年にレコード店のオーディションを受け、見事合格。その後は曲を数曲ほどリリースし、アメリカへと渡ります。当時は路上生活を送りながら音楽活動を続け、友人たちとともに「ザ・ウェイラーズ」というバンドを結成。

バンド結成後は着実に実績を積み、1963年に「Simmer Down」をリリース。同楽曲は当時のジャマイカ放送などで1位を獲得する人気を集め、ミュージシャンとして順調なスタートを切りました。

ボブ・マーリーの晩年!病気や死因、当時の葬儀と墓も紹介

ボブ・マーリーは「36歳」という若さでこの世を去った

ボブ・マーリーは「36歳」という若さでこの世を去った

ボブ・マーリーは早くに歌手としてブレイクを果たし、世界的なレゲエミュージシャンとなりましたが、その活動自体はとても短く、なんと36歳という若さでこの世を去っています。

音楽活動自体は20年ほどとなっていて、早くに亡くなったものの、数多くの名曲を世に残しています。

ボブ・マーリーの晩年について

ボブ・マーリーの晩年①~アフリカ諸国から勲章を授与

ボブ・マーリーの晩年①~アフリカ諸国から勲章を授与

ボブ・マーリーはその活躍から晩年はアフリカ諸国の国連代表派遣団から第三世界平和勲章を授与されていて、彼の功績はアフリカ諸国にも多大な影響を与えたのだそうです。

また、この頃は彼自身も念願だったアフリカ諸国を訪れていて、自身のルーツに触れる経験をしました。

ボブ・マーリーの晩年②~日本でも公演を行い、慈善活動にも取り組んだ

ボブ・マーリーの晩年②~日本でも公演を行い、慈善活動にも取り組んだ

ボブ・マーリーは1979年に日本をはじめ、オーストラリアやニュージーランドなどでも公演を行います。当時は日本での人気も高く、レゲエミュージックは多くの人に知られることになります。

その後は黒人解放運動を支援するアマンドラ慈善コンサートにも出演し、南アフリカのアパルトヘイトへ強い反対の意思を示すなど、熱心な慈善活動にも取り組みました。

ボブ・マーリーの晩年③~アフリカで初のコンサートを開催

ボブ・マーリーの晩年③~アフリカで初のコンサートを開催

ボブ・マーリーは1980年に西アフリカのガボンを訪れ、このとき自身初となるアフリカでのコンサートを開催。その後は自宅スタジオに支援者やその子供たちを誕生パーティーに招待するなどもしています。

さらにジンバブエの独立式典にも出席し、このときは演奏を披露して集まった聴衆を魅了しました。

ボブ・マーリーの晩年④~ヨーロッパツアーを開催するも体調を崩した

ボブ・マーリーの晩年④~ヨーロッパツアーを開催するも体調を崩した

ボブ・マーリーは1980年5月からヨーロッパツアーを開催。このときは6週間の間に12ヶ国31都市と回るという過密スケジュールで、100万人の動員を記録します。

その後は休養していたマイアミにて体調を崩すも翌月からアメリカツアーも開始。アメリカ各地でコンサートを行っていましたが、再び体調を崩し、休養を取ることになりました。

ボブ・マーリーの晩年⑤~ジョギング中に倒れ、腫瘍が見つかった

ボブ・マーリーの晩年⑤~ジョギング中に倒れ、腫瘍が見つかった

ボブ・マーリーはアメリカツアー中に体調を崩して休養を取った翌日、ニューヨークのセントラルパークにてジョギング中に倒れてしまいます。

その後は病院にて「脳腫瘍」と診断されるもピッツバーグのスタンリー・シアターでラスト・コンサートを決行し、無事にツアーを終えました。

Bob Marley - Redemption Song - Live in Dortmund 1980

出典:YouTube

ボブ・マーリーの晩年⑥~腫瘍発覚後は治療に専念した

ボブ・マーリーの晩年⑥~腫瘍発覚後は治療に専念した

ボブ・マーリーは腫瘍が発覚したあとは治療に専念。当初は放射線治療など、キツイ治療を受けていましたが、その後はドイツへと移って自然治療へと切り替えました。

このときは彼の象徴的なドレッドヘアも切り落とし、集中的な治療を行っていたのだそうです。

ボブ・マーリーの晩年⑦~1981年5月に死去した

ボブ・マーリーの晩年⑦~1981年5月に死去した

ボブ・マーリーは1981年4月にジャマイカにて名誉勲位であるメリット勲位が贈られ、その翌月にはチャーター機でマイアミへと戻ります。このときはマイアミの病院へ入院していましたが、体調が回復することはありませんでした。

そして、同年5月11日に自身の家族に見守れながらその生涯の幕を閉じました。ちなみに彼が息子へ送った最後の言葉は「お金は命を買えない」だったのだそうです。

ボブ・マーリーは何の病気だったの?死因は何?

ボブ・マーリーは何の病気だったの?

ボブ・マーリーは何の病気だったの?

ボブ・マーリーの病気は「がん」。彼は1980年にジョギング中に倒れたことで脳腫瘍が発見され、その後は治療に専念していましたが、彼の体調が回復することはありませんでした。

また、回復しなかったことを考えると、すでに手の施しようが無かったことが伺え、当時の彼の体はかなり弱っていたのだと思われます。

腫瘍は全身に転移していた

腫瘍は全身に転移していた

ボブ・マーリーは脳腫瘍が発見され治療に専念していましたが、じつはこのときはすでに全身のいたるところに腫瘍が転移していたようで、治療を受けながらも手の施しようは無かったのだとか。

当初は放射線治療を行っていましたが、すぐに自然療法に切り替えていて、彼はどんな治療を行ってもすでに無意味であることを知っていたのかもしれません。

亡くなる数年前に皮膚がんが見つかっていた

亡くなる数年前に皮膚がんが見つかっていた

ボブ・マーリーはじつは1977年に一度ツアー中に足の親指を痛め、このとき「メラノーマ」という皮膚がんであることを医師から告げられています。

医師からは親指の切断を勧められるも宗教上の理由からこれを断り、代わりに皮膚移植を受けたのだそうです。

ボブ・マーリーの死因は何だったの?

ボブ・マーリーの死因は何だったの?

ボブ・マーリーの死因については一般的に「脳腫瘍」と「肺に転移した腫瘍」だと言われています。ただ、そのきっかけとなったのは足の親指にできたメラノーマであり、早くにメラノーマを治療していれば未来は少し変わっていたかもしれません。

じつはメラノーマは黒人は滅多にならない

じつはメラノーマは黒人は滅多にならない

ボブ・マーリーはメラノーマになったことで腫瘍が全身に転移してしまいましたが、じつはメラノーマは黒人は滅多にならないことで知られていて、本来は白人の多い病気なんだそうです。

ではなぜ彼がメラノーマになったのかというと、「父親が白人だったから」だと言われているようです。

ボブ・マーリーの葬儀!お墓はどこにあるの?

ボブ・マーリーの葬儀はジャマイカで行われた

ボブ・マーリーの葬儀はジャマイカで行われた

ボブ・マーリーの死去後に行われた葬儀は彼のマイアミに自宅にて執り行われたようで、このときは一緒に追悼式も行われたようです。一通り彼の葬儀が終わったあと、遺体はジャマイカへと戻されたようで、そこで彼の国葬が行われたのだそうです。

彼の国葬には多くのファンが参列し、当時の映像は今もYouTubeなどで見ることができます。

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