ヨシフ・スターリンのプロフィール

ヨシフ・スターリンのプロフィール

ヨシフ・スターリンのプロフィール

名前:ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ
生年月日:1878年12月21日
出身地:グルジア
職業:政治家、革命家

ヨシフ・スターリンは旧ソビエト連邦の最高指導者

ヨシフ・スターリンは旧ソビエト連邦の最高指導者

ヨシフ・スターリンは旧ソビエト連邦にて最高指導者を務めていた人物。彼が最高指導者を務めていたのは1924年1月から1953年3月で、在任していたときには第二次世界大戦やアメリカとの冷戦などを経験しました。

ちなみにスターリンという姓は彼の筆名であり、「鋼鉄の人」という意味があるのだそうです。

Stalin’s Final Speech 1952 [Subtitled]

出典:YouTube

元々は神学校に通う子供だった

元々は神学校に通う子供だった

ヨシフ・スターリンは当時のロシア帝国が統治していたグルジアに生まれ、キリスト教の神学校に通っていました。ですが、その後に無神論者となり、社会主義思想の「マルクス主義」の信奉者となります。

これにより彼は神学校に通うのを辞め、革命家に転身し、ここから激動の時代を生きることになります。

ウラジミール・レーニンの一派に加わる

ウラジミール・レーニンの一派に加わる

ヨシフ・スターリンは神学校を辞めたあと、のちに初代ソビエト連邦の最高指導者となるウラジミール・レーニンの「ロシア社会民主労働党ボリシェヴィキ派」に加わります。

その後は新ロシア政府として革命に次ぐ革命を起こし、国内での内戦を経験。レーニンの側近として活躍し、彼の死後に最高指導者となりました。

1953年に死去した

1953年に死去した

ヨシフ・スターリンは1953年3月1日に寝室で脳卒中により倒れ、その4日後の3月5日に危篤となり、死去しました。享年74歳でした。当時は予定時間になっても起きてこないスターリンをそのときの警備は不審に思ったようですが、眠りを妨げて怒りを買うことを恐れ、午後になるまで部屋は開けなかったのだとか。そのため、彼は発見が遅れ、重篤状態のまま病院へ運ばれ、一時意識を取り戻したものの帰らぬ人となりました。

ヨシフ・スターリンの死去には暗殺説がある

ヨシフ・スターリンの死去には暗殺説がある

ヨシフ・スターリンは寝室で倒れていたところが発見され、その4日後に亡くなりました。基本的に死因は「脳卒中」とされていますが、「暗殺」だという説も根強く残っています。

これについては「側近が暗殺を自慢していた」や「脳卒中で倒れたのを見殺しにした」などの説があり、決定的な証拠は無いものの、暗殺された可能性も高いとされています。

ヨシフ・スターリンは生前暗殺を非常に恐れていたことがわかっていて、寝室はいくつもあり、そのどれもが鋼鉄で覆われた部屋だったのだとか。また、寝るときにはいつも就寝直前に部屋を決めていたようで、基本的に鍵を開けられるのは内側のカギと警備兵が持つカギの2つだけだったようです。

死後はレーニン廟に遺体が安置された

死後はレーニン廟に遺体が安置された

ヨシフ・スターリンは死後、遺体は防腐処理され「レーニン廟」に安置されていました。ですが、その後は彼に対する批判が強まり、遺体は撤去されることに。すぐ裏にある「革命元勲墓」に埋葬されることになりました。

彼が眠る墓には今もなお共産主義者たちが訪れているようで、まだまだ彼に熱狂しているファンは多いのだとか。

ヨシフ・スターリンの死後は日本の「築地本願寺」にて彼の法要が行われたようで、このときは「スターリン国民追悼集会」と銘打って本願寺側から荘厳に行われたのだそうです。ちなみに彼の1周忌には日本の出版社から「スターリン讃歌」という本が出版され話題を集めました。

ヨシフ・スターリンの大粛清はなぜ行われた?その理由や経緯を紹介

ヨシフ・スターリンは過去に大粛清を行った人物

ヨシフ・スターリンは過去に大粛清を行った人物

ヨシフ・スターリンは過去に旧ソビエト連邦国内と当時のモンゴルにおいて大粛清を行った人物としても有名です。この大粛清を行ったことで非常に多くの国民が弾圧され、これは世界的に見ても悪名高い出来事とされています。

ヨシフ・スターリンの大粛清はなぜ行われた?その理由は何?

ヨシフ・スターリンの大粛清はなぜ行われた?その理由は何?

ヨシフ・スターリンは国内外で大粛清を行い、歴史に悪名を残すこととなってしまいましたが、なぜそのような非道を行ったのでしょうか?これについては「反乱分子を抑えるため」だと言われていて、より一層自身の影響力を強固なものにしようとしていたとされています。

これにより当時のソ連は完全にヨシフ・スターリンのモノとなり、亡くなるまで絶大な影響力を誇示していました。

昔からコンプレックスの強い人物だった

昔からコンプレックスの強い人物だった

ヨシフ・スターリンは反乱分子を抑えるために大粛清を行いましたが、じつは彼は権力欲にまみれた人物で、子供の頃から人一倍コンプレックスが強かったと言われています。そのため、自身の意にそぐわぬ者は次々に粛清していき、誰も逆らえない恐怖政治を敷いて亡くなるときまでその権力を誇示し続けました。

ヨシフ・スターリンの大粛清について

ヨシフ・スターリンの大粛清①~忠実な部下の暗殺

ヨシフ・スターリンの大粛清①~忠実な部下の暗殺

ヨシフ・スターリンには当時セルゲイ・キーロフという優秀な部下がいました。この人物は非常に人気が高く、数多くの党員から支持を集め、ヨシフ・スターリンの地位を脅かす存在となります。これに対して危機感を覚えた彼は部下に指示してセルゲイ・キーロフを暗殺。これは彼が大粛清を行うきっかけの事件となっていて、以降彼が行う粛清は党員だけでなく、国民にも向けられることとなります。

セルゲイ・キーロフはレオニード・ニコラエフという青年によって暗殺されていて、ヨシフ・スターリンが暗殺した証拠は残されていません。ただ、彼は部下に指示してこの青年を操り暗殺を行ったとされていて、この事件後はヨシフ・スターリンが直々に事件の捜査にあたり、その他の反乱分子をあぶり出そうとしていたとも言われています。

ヨシフ・スターリンの大粛清②~反対勢力の粛清

ヨシフ・スターリンの大粛清②~反対勢力の粛清

ヨシフ・スターリンはキーロフの暗殺後、自身の反対勢力の粛清に乗り出します。このときは法律を自ら改定し、党中央委員会の委員とその委員候補たちに調査を行い逮捕。さらに党大会の党員たちも逮捕されていて、裁判では死刑判決を言い渡したのち、即座に死刑を行いました。ちなみにこのとき彼に粛清された者は2000人以上とされています。

ヨシフ・スターリンの大粛清③~人民の敵

ヨシフ・スターリンの大粛清③~人民の敵

ヨシフ・スターリンの大粛清はその後も加速。「テロ組織とテロ行為」という法案を可決し、逮捕から処刑まで迅速に行える形を作ります。その後は自身に反対する者は誰であっても粛清されるようになり、それは政治家だけでなく、国民にまで及ぶことに。

その結果、街で火事が起きただけでも「破壊活動」とみなされ逮捕・処刑されるという事態がソ連全土で起こるようになり、誰も彼には逆らえなくなっていきました。

これ以降、ソ連では国民が国民を監視するようになり、少しでもおかしな発言や行動があれば「人民の敵」として粛清されました。

大粛清による犠牲者の人数は?その後や当時の写真も紹介

ヨシフ・スターリンの大粛清の犠牲者の人数は?

ヨシフ・スターリンの大粛清の犠牲者の人数は?

ヨシフ・スターリンの大粛清に遭った犠牲者の人数は「134万4,923人」。そのうち「68万1,692人」が処刑され、「63万4,820人」が刑務所や収容所送りにされました。

この記録はロシア連邦国立文書館の文書で公表されているものですが、これ以外にも数多くの人物が粛清され、数多くの組織が丸ごと破壊されたのだそうです。

ヨシフ・スターリンの大粛清は基本的に自身を脅かす可能性のある政治家や軍人、革命家たちが対象となっていて、その組織までも壊滅させられています。また、犠牲者の遺族には死去の事実はまともに伝えられず、死亡時の詳細などは伏せられたままにされていたのだとか。

大粛清の犠牲者は集団墓地に投げ込まれた

大粛清の犠牲者は集団墓地に投げ込まれた

大粛清に遭った犠牲者たちはみな集団墓地に投げ込まれていて、その集団墓地はただの地面に穴を掘っただけの簡素なものでした。また、この集団墓地には上に木を植えられていて、これは「証拠隠滅」のためだったこともわかっています。これらの事実はソ連の崩壊後に判明したもので、残されていた機密文書によって発覚しました。

大粛清の犠牲者たちの集団墓地はロシアに数多く存在し、現在はロシア正教会の管理下におかれ、慰霊碑が建てられています。慰霊碑は誰でも訪れることができ、今も多くの花が添えられています。

海外民族も粛清のターゲットに

海外民族も粛清のターゲットに

ヨシフ・スターリンの粛清はその後、外国人や海外の民族にまで及びます。このときはポーランド人、ドイツ民族、朝鮮人などがターゲットにされていて、秘密警察である「NKVD」によって逮捕・処刑されています。

なぜ外国人や海外民族の粛清を行ったのかはわかっていませんが、おそらく「スパイ疑惑」や「テロ活動」といった名目で行われたのではないかと思われます。

大粛清のその後について

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