サラエボ事件とは(起こった場所・被害者)

1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国で起こった暗殺事件「サラエボ事件」

1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国で起こった暗殺事件「サラエボ事件」

サラエボ事件とは1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国で起こった暗殺事件になります。

オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子が暗殺をされて、第一次世界大戦が勃発する1つのきっかけとなりました。

サラエボ事件が起こった場所や被害者、その他の犯人などをわかりやすく解説していきます。

1人のセルビア人青年によってオーストリア大公夫妻が殺害された事件

1人のセルビア人青年によってオーストリア大公夫妻が殺害された事件

サラエボ事件では1人のセルビア人青年によって事件が起こされました。

オーストリア=ハンガリー帝国の大公夫妻が殺害された事件で、当時のオーストリアでは一大事件でした。

出典:YouTube

サラエボ事件の解説動画

サラエボ事件の年(1914年)時点でのヨーロッパの地図

サラエボ事件の年(1914年)時点でのヨーロッパの地図

サラエボ事件が起こった年は1914年ですが、当時のヨーロッパの地図はこちらになります。

当時はオーストリアがハンガリー帝国を抑えており、さらにヨーロッパは「ドイツ」「ロシア」が対立関係にあり、オーストリアはドイツ側となっていました。

サラエボ事件はオーストリア=ハンガリー帝国とセルビアの間で起こった歴史的事件だった

サラエボ事件はオーストリア=ハンガリー帝国とセルビアの間で起こった歴史的事件だった

サラエボ事件はオーストリア=ハンガリー帝国とセルビアの間で起こった歴史的事件でした。

上記の図は第一次世界大戦が起きる前のバルカン半島であり、サラエボはオーストリア・ハンガリー帝国の南に位置します。

以前はボスニア・ヘルツェゴビナの占領地でしたが、1914年時点では併合されていた形となります。

オーストリア=ハンガリー帝国(1867年-1918年)

オーストリア=ハンガリー帝国(1867年-1918年)

オーストリア=ハンガリー帝国はハプスブルク家により、1867年に成立しました。

第一次世界大戦後の1918年まで続いた帝国で、サラエボ事件が分岐点となります。

出典:YouTube

オーストリア=ハンガリー帝国の解説動画

1218年から続く血族・ハプスブルク家の統治国家だった

1218年から続く血族・ハプスブルク家の統治国家だった

ハプスブルク家は中世以来、神聖ローマ皇帝位を継承する神聖な家系にあたります。

オーストリアでは1218年から続く血族であり、華麗なる歴史を持つ血族です。

日本では宝塚歌劇団が舞台化するなど、ハプスブルク家の歴史と血族へのこだわりは凄まじいものがあります。

サラエボ(現:ボスニア・ヘルツェゴビナ領)は当時、オーストリア領だった

サラエボ(現:ボスニア・ヘルツェゴビナ領)は当時、オーストリア領だった

サラエボ(現:ボスニア・ヘルツェゴビナ領)は当時、オーストリア領となっていました。

その近くにセルビアが位置しており、陸続きで領土がすぐに変わる緊迫した関係にありました。

過去の様々な戦争でも領土が変わりますが、サラエボ事件も例外ではありませんでした。

被害者①:オーストリア大公フランツ・フェルディナント

被害者①:オーストリア大公フランツ・フェルディナント

本名:フランツ・フェルディナント・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン
出身地:オーストリア帝国グラーツ
生年月日:1863年12月18日
没年月日:1914年6月28日(50歳没)
職業:オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者、エスターライヒ=エステ大公
配偶者:ゾフィー・ホテク

被害者②ゾフィー・ホテク

被害者②ゾフィー・ホテク

本名:ゾフィー・ホテク
称号:ホーエンベルク公爵夫人
出身地:ヴュルテンベルク王国シュトゥットガルト
生年月日:1868年3月1日
没年月日:1914年6月28日(46歳没)
職業:オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者の妻
配偶者:フランツ・フェルディナント大公
血族:ホテク伯爵ボフスラフ(父親)

サラエボ事件が起こった場所「ラテン橋」

サラエボ事件が起こった場所「ラテン橋」

サラエボ事件が起こった場所とされるのが「ラテン橋」になります。

サテン橋すぐ先の場所でサラエボ事件が起こり、この場所は現在では観光スポットの1つとなっています。

ラテン橋のすぐ先の角が殺害現場となった

ラテン橋のすぐ先の角が殺害現場となった

サラエボ事件の現場となったラテン橋ですが、すぐ先の角が殺害現場となりました。

川沿いのすぐ先にあるドクロマーク部分の現場ですが、非常に人の通りが多い場所で事件が引き起こされました。

サラエボ事件が起こった背景・原因とは(事件前の出来事)

かつてオスマン帝国の領土だったバルカン半島の国々

かつてオスマン帝国の領土だったバルカン半島の国々

サラエボ事件が起こったオーストリア=ハンガリー帝国を含め、この一帯はバルカン半島と呼ばれる島の国々です。

かつてはオスマン帝国(テュルク系トルコ人の領土)でしたが、徐々に力を弱めていきました。

度々の戦争により疲弊した形となり、各国々が独立をしていく流れとなっています。

バルカン半島は民族が混ざり合い「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになった

バルカン半島は民族が混ざり合い「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになった

バルカン半島はオスマン帝国の占領や度重なる戦争から、多くの民族が混ざり合う場所となりました。

さらに宗教での対立なども含まれることから「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになりました。

現在でもこの名残がありますが、第一次世界大戦直前の当時は特に厳しい時代だったといいます。

第一次世界大戦直前のヨーロッパ・同盟国の関係図

第一次世界大戦直前のヨーロッパ・同盟国の関係図

サラエボ事件は第一次世界大戦は同年であり、結果として大きな戦争を引き起こすきっかけとなりました。

当時のヨーロッパの関係は上記の図のような形で、「ドイツ・オーストリア・イタリア」と「イギリス・フランス・ロシア」という対立関係にありました。

日本は日英同盟と日露密約などを結んでいますが、第一次世界大戦ではあくまで主役はヨーロッパ各国となります。

1912年まではボスニア・ヘルツェゴビナの領土だったサラエボ

1912年まではボスニア・ヘルツェゴビナの領土だったサラエボ

サラエボ事件の現場となったサラエボは、1912年まではボスニア・ヘルツェゴビナの領土だったことが判明しています。

この時期は第一次バルカン戦争勃発時で、オーストリア=ハンガリー帝国が占領する前の状態でした。

オスマン帝国国境がまだ近くにある形で、ある意味バランスが取れていた状態とも言えます。

第1次・第2次バルカン戦争後にオーストリア=ハンガリー帝国が拡大し、サラエボ部分を占領

第1次・第2次バルカン戦争後にオーストリア=ハンガリー帝国が拡大し、サラエボ部分を占領

1912年から1913年にかけて、第1次・第2次バルカン戦争が勃発しました。

この戦争ではアスマン帝国に対抗するため、バルカン半島の各国が戦争する形となりました。

後にオーストリア=ハンガリー帝国が拡大し、サラエボ部分を占領することになります。

出典:YouTube

バルカン戦争に関する解説動画

サラエボ事件は当時のバルカン半島の複雑な領土・民族問題で引き起こされた事件だった

サラエボ事件は当時のバルカン半島の複雑な領土・民族問題で引き起こされた事件だった

サラエボ事件の発端ですが、当時のバルカン半島の複雑な領土・民族問題が関係していました。

特にオーストリア=ハンガリー帝国とセルビアで起こった問題ではありますが、領土・民族問題が重なったことは間違いありません。

では、どのような流れで事件が起こり、それが第一次世界大戦へと発展していったのでしょうか。

サラエボ事件をわかりやすく解説(事件の流れ・詳細)

かつてはオスマン帝国の領土だった「セルビア」「モンテネグロ」「ルーマニア」が1878年までに独立

かつてはオスマン帝国の領土だった「セルビア」「モンテネグロ」「ルーマニア」が1878年までに独立

サラエボ事件をわかりやすく解説すると、以下のような流れから始まります。

かつてはオスマン帝国の領土だった「セルビア」「モンテネグロ」「ルーマニア」が独立をしました。

これは1878年までに起こったことで、バルカン半島の流れを変えていきます。

関連するキーワード

関連するまとめ

ヒラリー・クリントンの若い頃と現在!美人・メガネ姿の画像もまとめ

アメリカの政治家のヒラリークリントンさんについて、若い頃の画像が注目を集めています。また、若い頃の美人・メガ…

cyann3 / 204 view

ブルネイのマティーン王子に日本人の血!父親・母親・兄弟など家族まとめ

ブルネイのマティーン王子について、父親や母親・兄弟など家族の情報と日本人の血を引くという噂が注目されています…

cyann3 / 723 view

WHOテドロス事務局長の経歴!無能や逮捕の噂とは?国籍や年収も総まとめ

世界保健機関(WHO)のトップであるテドロス・アダノム事務局長。現在はコロナウイルスの対応から「無能」と呼ば…

aquanaut369 / 154 view

ビルゲイツとスティーブジョブズの関係まとめ

日本でも有名な「ビル・ゲイツ」さんと「スティーブ・ジョブズ」さんは、お互いの関係などが注目され、映画などにも…

shasser / 164 view

チャールズ皇太子の身長や若い頃のファッションまとめ

チャールズ皇太子は、ダイアナ妃と結婚していた事でも知られているプリンスで、普段の活動だけでなく、ファッション…

shasser / 183 view

バロントランプの現在!身長や性格・障害・イケメンの画像まとめ

アメリカ大統領子息のバロン・トランプさんのプロフィールや現在までについてご紹介します。また、バロントランプさ…

cyann3 / 463 view

グレイシー一族の家系図と現在!最強伝説と戦績・実は弱い噂・桜庭和志との対戦まとめ

ブラジル柔術家のグレイシー一族について、家系図に関する話題が挙がっています。また、グレイシー一族の現在の最強…

cyann3 / 371 view

同じカテゴリーの記事

同じカテゴリーだから興味のある記事が見つかる!

チャールズ皇太子とカミラ夫人の結婚から離婚原因まで総まとめ

チャールズ皇太子と故ダイアナ妃の結婚生活を破滅に導いたとして非難を浴びていたカミラ夫人。2人の関係はスキャン…

Mrsjunko / 408 view

エプスタインの資産と家族~嫁と子供もまとめ

アメリカの実業家・投資家で、富豪のジェフリー・エプスタインですが、性的人身売買と児童買春などの容疑で逮捕され…

Mrsjunko / 139 view

ミカエラ(スピルバーグ娘)の現在!彼氏へのDVで逮捕・経歴やプロフィールまとめ

スティーブン・スピルバーグ監督の娘であるミカエラ・スピルバーグさんの経歴・プロフィールが注目を集めています。…

cyann3 / 119 view

アンドルー王子の若い頃と現在!エプスタインとの関係やスキャンダルまとめ

エリザベス女王の第三子(次男)であるアンドルー王子の若い頃が注目を集めています。また、アンドルー王子の過去の…

cyann3 / 233 view

ヘンリー王子の身長&体重は?スタイル情報を総まとめ

これまでにスキャンダルで何かと世間を騒がせているヘンリー王子。今回は、そんなヘンリー王子の身長や体重、世間の…

rirakumama / 142 view

ジョンソン首相(イギリス)の結婚歴と子供!元嫁との離婚や現在の嫁も総まとめ

2020年3月にコロナウイルスの陽性反応が出たイギリスのジョンソン首相は過去に二度の離婚を経験していて、20…

aquanaut369 / 93 view

ダイアナ妃の事故の真相は?暗殺?ベンツが原因説も写真付きでまとめ

ダイアナ妃の交通事故による死亡の話題ですが、ベンツが原因なのではという話が出ています。また、ダイアナ妃の死の…

cyann3 / 212 view

アクセスランキング

人気のあるまとめランキング

スポンサードリンク